大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

函館地方裁判所 昭和40年(ワ)323号 判決

原告

菊地一郎

外七名

代理人

嶋田敬

外二名

原告

半沢一男

外四名

代理人

大沼喜久衛

外三名

原告

阿部ウメ

外三名

代理人

(亡)臼木豊寿

外三名

原告

印鑰清一

外六名

代理人

佐藤堅治郎

外三名

原告

菊地善四郎

外一名

代理人

(亡)桐田喜久造

外三名

原告

小坂秀夫

外一名

代理人

嶋田敬

外二名

原告

煤谷夘三郎

外六名

代理人

登坂良作

外三名

原告

葛西富太郎

外五名

代理人

土家健太郎

外二名

原告

田畑喜作

外一名

代理人

北野治

外三名

原告

松前豊

外三名

代理人

樋渡道一

外三名

原告

長谷川久子

外三名

代理人

橋本清次郎

外三名

原告

井田三松

外一名

代理人

熊谷恒夫

外三名

被告

代表者法務大臣

小林武治

指定代理人

岩佐善己

外六名

主文

一、被告は、

(一)  原告菊地一郎に対し金三〇万円、

(二)  原告沢田礼子、同伊藤洋子同渡辺栄子、同阿部久利子、同菊地幸也、同平田佐津子、同菊地幸光に対し各金一〇万円、

(三)  原告半沢一男、同梅津一枝、同鎌田エミ子、同北野紀久子、同半沢節子に対し各金二〇万円、

(四)  原告阿部ウメに対し金四〇万円、

(五)  原告阿部昭二、同阿部雪枝、同阿部忠美に対し各金二〇万円、

(六)  原告印鑰清一、同印鑰哲二、同印鑰省三、同印鑰悟郎、同印鑰六郎、同蛯名さだ、同細工藤まさに対し各金一四万二、八五七円、

(七)  原告菊地善四郎、同菊地誠子、同小城秀夫、同小坂真智子に対し各金五〇万円、

(八)  原告煤谷夘三郎に対し金四〇万円、

(九)  原告煤谷隆、同煤谷潔、同煤谷栄子、同千島幸子、同玉井トモ、同煤谷貴子に対し各金一〇万円、

(一〇)  原告葛西富太郎に対し金五〇万円、

(一一)  原告葛西達雄、同葛西美喜雄、同三木照子、同盛田英子、同桜井美佐子に対し各金一〇万円、

(一二)原告田畑喜作、同田畑シゲに対し各金五〇万円、

(一三)  原告松前豊、同伊藤久枝、同松前義広、同松前富子に対し各金二五万円、

(一四)  原告長谷川久子に対し金四〇万円、

(一五)  原告長谷川かよ、同長谷川宏和、同長谷川良明に対し各金二〇万円、

(一六)  原告井田三松、同井田よし子に対し各金五〇万円、

ならびに以上各原告に対し右各金員に対する昭和三八年一月一日以降各完済までの年五分の割合による金員をそれぞれ支払え、

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は仮に執行することができる。

四、ただし、被告菊地善四郎、同菊地誠子、同小坂秀夫、同小坂真智子、同葛西富太郎、同田畑喜作、同田畑シゲ、同井田三松、同井田よし子、同阿部ウメ、同煤谷夘三郎、同長谷川久子、同菊地一郎に対し各金一〇万円宛の、原告松前豊、同伊藤久枝、同松前義広、同松前富子、同半沢一男、同梅津一枝、同鎌田エミ子、同北野紀久子、同半沢節子、同阿部昭二、同阿部雪枝、同阿部忠美、同長谷川かよ、同長谷川宏和、同長谷川良明に対し各金七万円宛の、その余の原告らに対し各金五万円宛の各担保を供するときは、その担保提供を受けた当該原告による右執行を免れることができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求原因として次のように述べた。

一、昭和三七年一〇月一七日午前一〇時四〇分頃建設大臣管理にかかる二級国道小樽江差線(二二九号線)(以下本件国道という)爾志郡乙部町字豊浜三号隧道の小樽寄り先端(以下三号隧道出口という)と四号隧道の江差寄り先端(以下四号隧道入口という)間の道路(以下本件道路または本件道路区間という)添いの傾斜約二〇度の山地部分が幅最大約三五〇メートル、奥行最大約七五〇メートルにわたる面積約一八万二、八〇〇平方メートルに及ぶ大規模な地すべり(以下本件地すべりという)を起し、その地すべりによる崩土が右道路区間のうち三号隧道出口付近から四号隧道入口方向へ約三五〇メートルの間の部分にわたつて、道路をこえて海中約八〇メートルの範囲までにも崩落し、そのときたまたま別表被害者欄記載の者らを乗せて右道路区間を運行中の函館バス株式会社の経営する路線バス(以下本件バスという)が右崩土とともに海中に押し流されて埋没し、そのため、右被害者らが死亡するという事故(以下本件事故という)が発生した。

二、右の如く本件事故は直接的には大規模な地すべりによるものではあるが、以下に述べるように、本件道路の設置ないしは管理の点に瑕疵があつたこと、または管理者である北海道開発局函館開発建設部(以下函館開発建設部という)江差出張所長佐藤勝美(以下所長という)らの行為に過失があつたことにも基因するのである。

(一)  本件現場付近の地質構造は新第三紀八雲層に粗粒玄武岩が交層し、さらに粘板岩が介在しているところからすべり面を形成しやすい性質のものであり、加えて、この地域の地形が海岸に向つて二〇度内外で傾斜しているためそれが一層地すべり発生の要因となり、これと旧地すべりによる末端隆起帯の海蝕による斜面安定の不均衡化と相まつて本件地すべりが発生したものである。

このように、本件道路付近は地すべりの発生しやすい危険な場所であつたから、被告ないし道路管理者としては、本件道路の設置、管理にあたつて、次に述べるような(1)、(2)の義務を尽して、この点の調査を充分に行い、このような危険な地域を避けて他の箇所に路線を決定し、またこのような地域に道路を設置する場合は地すべりによる事故を防止するためこれに充分な安全施設を受ける等その設置、管理に万全を期すべきであつた。

しかるに、被告ないし前記道路管理者らはこれらのことを怠つたもので、まず、この点において、本件道路の設置ないしは管理に瑕疵があり、また管理者らの過失があつたものというべきである。

被告は、近時の天災害の増加、被害の漸増にともない制定された各種の災害対策法によつても、右地すべりの危険についての調査ならびに事故防止義務が課せられているのに、これらを懈怠したものである。すなわち、

(1)  「特殊土壌地帯災害予防及び振興臨時措置法」「地すべり防止法」「災害対策基本法」および「国土調査法」の趣旨にのつとり、災害を未然に防止するため本件地域について地形、地質、地層等の調査をなすべきであるのに、これをしなかつた。

(2)  右調査をすれば、本件現場付近に地すべり発生の危険のあることを予知できたはずであるから、「地すべり等防止法」により本件地域を「地すべり防止地域」に指定し、地下水排除の施設を設ける等同法第二条第三項にいう「地すべり防止工事」をなすべきであり、また「特殊土壌地帯災害予防及び振興臨時措置法」により本件地域を「特殊土壊地帯」として指定、公示し、さらに災害防除の事業計画を定め、これを関係都道府県知事に通知すべきであつたのに、これを怠つた。なお、本地域について右指定、公示、さらには災害防除事業計画を実施していたならばおそらく本地域の路線は回避されていたものと推定される。

(二)  本件事故発生以前の遅くとも事故発生当日の午前八時頃において現場付近は、

(1)  道路に続いて海側に出ている法長端にある高さ約八〇センチメートルないし一メートルの波返し擁壁コンクリートが長さ約一〇〇メートルにわたつて海側に倒壊し、

(2)  右擁壁の下方の石垣に数か所にわたり最長約五メートルの亀裂を生じ

(3)  右擁壁自体について数か所にわたつて約二〇ないし五〇センチメートルの亀裂を生じ、

(4)  道路端から海側への法の部分が長さ約一〇〇メートルにわたつて崩壊し、

(5)  道路の海側路肩部分が長さ約一〇〇メートルにわたり約一〇センチメートル幅で崩落し、その一部に縦方向の亀裂を生じ、

(6)  道路路面に約三〇〇メートルにわたり約二〇メートルの間隔で横の方向に亀裂を生じ、

(7)  道路山側の皿側溝に落石があり、山留擁壁コンクリートの一か所に亀裂を生じ、

(8)  山留擁壁コンクリートの上にある防護網の一部約三メートルが土砂に埋没する、

など、極めて急迫した異常状態にあつてそれが更に拡大する可能性があつた。しかも本件道路の管理業務を担当していた前記佐藤所長らは、当日午前九時一〇分頃現場で右の事実を確認していたのであるから、道路管理者たる所長らとしては、直ちに災害を防止するための適切な措置、具体的にいえば、道路法第四六条に基づく道路通行禁止の措置をとるべきであつたのである。

しかるに所長らは右の措置をしなかつたもので、この点において、道路の管理に瑕疵があり、また所長らの行為に過失があつたものといわなければならない。

三、されば、以上いずれの点からするも、被告は、国家賠償法第一条第一項または同法第二条第一項により、本件事故による損害を賠償する義務がある。

四、原告らおよび訴外印鑰清次郎は、右事故により死亡した前記被害者らの親族であり、(被害者らの死亡当時の年齢・原告らとの続柄については別表記載のとおりであり、また右清次郎は右死亡者の一人印鑰ナツの夫である)、右被害者らの死亡により受けた精神的打撃は甚大であるから、これらの者に対する右慰藉料の額は右清次郎については金三〇万円を、その余の原告らについては別表記載の慰藉料額をそれぞれ下らないところ、右清次郎は昭和四三年五月五日死亡したので、その子である右印鑰清一等七名の原告らが清次郎の右三〇万円の慰藉料請求権を均分に相続した。

五、よつて原告らは被告に対し、国家賠償法第一条第一項または同法第二条第一項に基づいて慰藉料として、請求趣旨第一項(主文第一項)記載の各金員およびこれらに対する損害発生の後である昭和三八年一月一日から完済までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告指定代理人は、

「一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行免脱の宣言を求め、答弁および主張として次のように述べた。

一、請求原因第一項について。原告らが同項で主張する事実はすべて認める。

ちなみに、本件地すべりを起した範囲は原告ら主張の如く幅約三五〇メートル、奥行約七〇〇メートルに及ぶ長馬蹄形をなすもので、地すべりの移動方向は海津線とほぼ直角の西南方向に向いており、その移動距離は地すべりの(頭部)(山際)で一〇ないし五〇メートル、その末端部(海際)で一五〇メートル前後でその面積は約二三万平方メートルともいわれており、かつ本件地すべりの特徴はその移動速度が極めて急激であつたことである。

なお本件道路の直接の管理者は函館開発建設部である。

二、請求原因第二項について。

(一)  原告らが同項(一)で主張する本件道路付近の地質構造および本件地すべりの原因がほぼその主張どおりであることは認める(しかし、そのことは本件事故後数次長時間にわたる専門家の調査検討した結果確認ないし推定されたものである)が、本件道路の設置ないしは管理の瑕疵はたは所長らの過失があつたことならびにその余の点に関する主張は争う。すなわち、

(1)  本件国道の建設は昭和二五年に道路工事に着工し、全線完成をみて一般通行の用に供したのは昭和三一年六月であり、そのうち本件地すべり地域の着工は昭和二六年であるが、この工事内容については「道路構造令」「道路構造ニ関スル細則改正案」に規定する諸規格および標準に従い、地盤調査により甲・乙軟盤の如何で法勾配を変える等して道路の安全を確保し、その上右五か年にわたる工事中、山壁の切開面、路面等に顕著な出水・隘水はなく、また表土のずれ、崩落等土量の移動も測知されなかつたので、交通の障害となるべき災害発生の兆候のないものと確認し、さらに右国道の上部を走る旧道についても過去数十年地すべりの兆候はなかつたところから、本件国道に沿つた地帯に地すべりの可能性は一応ないものと考えて路線を確定し、設置にあたつては、本件道路の波打際に石垣を構築するなどの工事を施したものである。

そして、被告は本件道路設置後において、砂利道維持作業要領(案)を定め、本件道路の維持管理を管轄する函館開発建設部江差出張所長をして絶えず管内道路を巡回視察させて道路の状況を把握し、道路工手および人夫若干名を平常使役して砂利の掻込み、穴埋め、路肩整正、横断勾配修正、水切り等道路の保護補修につとめ、さらに、前記波打際の石垣が和和三四年台風による高波をうけて一部決潰した後は、総延長108.6メートル、上幅0.5メートル、底幅1.3メートルの波返しつきコンクリート擁壁を構築し、あるいは右石垣を補修する等道路の維持管理に万全を尽してきたものである。

なお、附言するに、本件事故当日朝まで地すべりの兆候はなんら見当らなかつた。

(2)  ところで、地すべりについては今日においてもその具体的、的確な予知は科学的技術的に殆ど不可能であり、事故発生時においては、地すべり発生ないし継続の状況を確認して後地すべり対策に着手するといういわば経験的な対処方法しかとりえなかつたものであるところ、右のように本件現場付近は事故発生前日まで過去数十年にわたり地すべりの兆候がみられず、その危険があるものとは予測しえなかつたものである。したがつて、被告において通常予想される事故防止のために必要な措置を講じてきた以上、本件箇所に本件道路を設置してその路線を変更せず、また本件道路に本件のような大規模な地すべりに対処しうるような構造、施設を備えなかつたからといつて、その設置ないし管理に瑕疵があり、もしくは管理者の行為に過失があつたということはできない。

(3)  なお、原告らが請求原因第二項(一)で主張する特別法に定められている各所管庁の災害対策措置は、防災行政の果すべき責務を定めたにとどまり、これを行わないときは各個々人に対し不法行為上の責任を負わせる趣旨の義務を課した法意とは解されないが、なおその個々について被告に過失の存しないことは以下のとおりである。

(イ) 「国土調査法」が目的とする諸調査は、直接に防災のためのものではなく、その懈怠が不法行為法上の義務違反を直ちに構成するものではない。

(ロ) 「地すべり等防止法」については、地すべり発生の可能性が相当大きく、しかも、その被害規模が社会的に看過できない程度のものをその規制対象としているものと解され、この点について、具体的には昭和三三年七月一一日建河発第四九〇号建設省河川局長から各都道府県知事あて「地すべり防止区域の指定基準について」なる通達が有力な手がかりとなるが、本件国道が同通達の1の(2)にいう重要な公共施設に当るとしても、同条項にいう「被害を及ぼすおそれのある」ものと認められなかつたことは前記のとおりであるから、被告が本件事故までに、同法に規定する措置をとつていなかつたことをとらえて同法に違反したとはいえないのである。

(ハ) なお、「特殊土壊地帯災害防除等臨時措置法」は、その第一条にいうとおり農業保全対策を主眼とし、台風来襲のひんぱん地で雨量の多い特殊土壌地帯でしかも年々地形上の影響のあるもの(同法第二条)についての防災措置を定めたもので、本件のように被害が顕著に継続性を示していなかつた地帯には当てはまらない。

(二)  原告らが同項(二)で主張する事実のうち、事故発生当日所長らが現場付近は道路上への落石、路面の地割れ、亀裂、波返し擁壁コンクリートの倒壊、山留擁壁コンクリートの亀裂、その上の防護網の一部土砂による埋没等の状況にあることを確認したことは認めるが、右のうち山留擁壁コンクリートの亀裂は古いものであり、また防護網の土砂も融雪期、雨期の緩慢な自然崩土砂が堆積したままになつていたものでとくに異常な現象ではなく、また本件事故発生直前の管理に瑕疵があり、また所長らの行為に過失があつたとの点は争う。

(1)  事故発生当日事故発生に至るまでの間に江差出張所の所長ら職員がとつた措置ならびに行動はおよそ次のとおりである。すなわち、

事故発生の前日所長らが本件事故現場付近を巡回したときには、その状況は原告ら主張のような異常状態ではなかつたところ、その翌日の事故発生当日の午前八時頃、上戸鉄郎工手(以下上戸工手という)が本件道路を通つてきたトラックの運転手から、右道路上に路面の地割れ、落石等異常のあることを聞知し、直ちに現場に急行してその事実を確認し、午前八時三〇分頃その状況を所長に報告した。

右報告を受けた所長は、現場に急行して同日午前九時一〇分頃から約一時間にわたつて上戸工手のほか路線長高橋通(以下路線長という)、浅野時好工手(以下浅野工手という)に手伝わせて道路の破損状況を点検調査した結果、これを地震による被害と判断し、右三名に対し現場付近を続けて警戒することを命じ、通行車両に対する注意(倒壊箇所を避けて運行することなど)等必要な指示を与えたうえ、被害状況を函館開発建設部に報告するためと必要な道路標識を準備するため一旦出張所に帰所した。

その後現場警戒を命ぜられた右三名が現場に残つて上戸工手が三号隧道付近を、路線長および浅野工手が四号隧道付近をそれぞれ分担して警戒に当つていたところ、まず浅野工手が四号隧道脇の山腹で地割れを発見し、これを路線長に知らせ、右両名は交通止めの措置をとる必要ありと判断してその旨上戸工手に連絡した。浅野工手は右連絡後直ちに四号隧道側から来る車輛を停止するため引返したが、程なく本件バスが四号隧道より三号隧道に向け運行してきたのである。その際浅野工手は当然停車を命じたものと想像されるが(同人は死亡)、同バスが右区間を進行中不幸にも本件地すべりが発生するに至つたのである。

(2)  原告らは、道路管理者が直ちに道路通行禁止の措置をとらなかつたことを非難するが、道路管理者としては地域交通の重要性、道路の公共性に鑑み一般交通に対し具体的かつさし迫つた危険が確認されない限り濫りに通行禁止の措置に出るべきものではない。

ところで、本件の場合、専門技術的陣容を備えた北海道開発局および函館開発建設部においても、本件の如き大規模かつ急激な地すべりが発生するとは全く予想し得ないところであつたことはもとより、本件道路地域が地すべりの危険あるものと判断し得なかつたことおよびその点について過失がなかつたことは前述のとおりであり、ましてや現地での作業補助者である江差出張所長以下の職員においても同様であつたといわなければならない。

同所長は前述の如く、事故当日の朝通報を受けて急遽現場に赴いたうえ、波返し擁壁の倒壊状況その他本件道路付近の異常状態を調査確認した結果、それらは地震によるものでそれ以上の被害継続の兆候はないと判断して、とりあえず右倒壊箇所を避けて交通を確保するの規制措置を講じているのであつて、本件のような大規模急激な地すべり発生の予測が本件事故当時の科学技術水準では殆ど不可能であつた以上、同所長が行つた右の判断、処置に過失に当る点を見出すことは困難である。ちなみに、この点について同人に対する業務上過失致死傷被疑事件が嫌疑なしとして不起訴処分になつたことは考慮されるべきである。

なお原告らが「異常な状態」として掲げるもののうち、特異なものは前記波返しコンクリート擁壁の倒壊、それによる海岸側路肩部分の損壊等であり、それらが一応地震によるものとした所長の判断に責められるべき過失がないことは前述のとおりであり、また道路上の落石についても現場に残留して道路の警戒に当つていた路線長ら三名の被告職員においてそれに対する十分な警戒措置を講じていたものであるから、右海岸側路肩部分の損壊と事故直前の落石の状況をもつて、被告職員らとしては、直ちに本件道路区間の交通禁止の措置をとるべきものとして、同人らにそのことを要求するのは余りにも過酷にすぎるものといわなければならない。

以上の如く、本件事故発生当日の事故発生に至るまでの間における本件道路の管理の点についても、なんらの瑕疵はなく、また所長らに責められるべき過失はないのであつて、被告として法的責任を負うものではない。

三、請求原因第三項のうち、本件事故による被害者の死亡当時の年齢ならびに原告らおよび印鑰清次郎との身分関係はいずれも認める。

証拠〈略〉

理由

第一本件地すべりの発生およびその態様ならびに本件事故の発生

昭和三七年一〇月一七日午前一〇時四〇分頃、本件国道三号隧道出口と四号隧道入口間の本件道路区間添いの傾斜約二〇度の山地部分が本件地すべりを起し、その地すべりによる崩土が、右道路区間のうち三号隧道出口付近から四号隧道入口方向へ約三五〇メートルの間の部分にわたつて、道路をこえて海中約八〇メートルの範囲までにも崩落し、そのときたまたま別表被害者欄記載の者らを乗せて右道路区間を運行中の本件バスが、右崩土とともに海中に押し流されて埋没し、本件事故が発生した。

以上の事実はすべて当事者間に争いがない。

そこで、本件の核心である本件事故が本件道路の設置ないしは管理の瑕疵もしくは所長らの過失に基因するものか否かの点について判断をすすめるわけであるが、以下便宜上これを本件道路設置時以降本件事故発生の前日までの期間におけるものと事故当日のものとに分けて判断し、また設置、管理の瑕疵の有無の点を主眼として判断することとする。

なお、以下記載の便宜上、設置、管理の瑕疵と所長らの過失の両者を含めて、「設置管理の瑕疵等」あるいは「管理の瑕疵等」ということがある。

第二本件道路の設置、管理の瑕疵または所長らの過失の有無

一、本件道路の設置ならびにに本件事故発生の前日までの管理の瑕疵等の有無

(一)  本件地すべりの原因

〈証拠〉ならびに弁論の全趣旨とを総合すると、本件地すべり発生後、北海道開発局が北海道大学の協力を得て「豊浜地すべり対策委員会」を設け、各部門の専門家による詳細な調査をなした結果、本件地すべりは、地下二〇ないし四〇メートルの深さにわたつて起きたもので、それは、本件地すべり地域の右の深さに海岸に向つて二〇度内外傾斜していたぎよう灰岩層が、長年の間に雨水などの浸透水を含んで粘土化してすべり易くなり、かつ、これを右傾斜下部から支える地盤が海に浸蝕されて不安定となつていたことなどのために発生したものであることが認められ、右認定を覆すにたりる証拠はない。

(二)  本件地すべりの予測可能性

〈証拠〉を総合すると、

地すべりに関する研究は、本件地すべり発生後前記のように本件地すべりについての詳細な調査がなされ、また昭和四〇年頃には日本地すべり学会が結成される等次第に活発になつてきているが、現在なお他の分野に比べると遅れており、本件道路設置時においてはもとよりのこと、少なくとも本件地すべり発生当時における科学水準では、表土の地割れ、移動等地すべりの兆候が現われていない段階において本件のように地下数十メートルの地層に起因する地すべりの発生とくにその時期、態様を予測することは殆ど不可能であつたこと、すなわち、本件地すべりは、前記のように地下二〇ないし四〇メートルに存在していたぎよう灰岩層が含水して粘土化したことに起因するものであり、このように粘土化しやすい土壌としてはぎよう灰岩の他にも砂岩、頁岩等があるが、右岩石は地下にあれば必ず粘土化するというものではなく、また粘土化したとしても直ちに地すべりを起す原因となるものでもなく、粘土化の程度、粘土化した部分の大きさ、形状、傾斜度、周囲の土壌との関係等現代科学ではいまだに解明しきれない多種複雑な要素が地すべりの発生を左右するものであり、したがつて、それを予測するためには少なくとも、単に地表面の地質地形ないしは断片的ないくつかの地点の地下の状況の調査だけに止まらず、かなり広範囲の地域につき深さ数十メートルに及ぶ地下の状況を調査することが必要であるが、そのためには、相当の年月と多大の費用、労力を要し、しかも、本件地すべりの発生当時の科学水準においては、右調査を行つたとしても、地盤の移動が現実に始まつていない限り、なおその発生を予測することは相当困難であつたこと、また北海道では、右のように含水すると粘土化しやすいぎよう灰岩層が地下に存在する地域は全体の数十パーセントに及んでいるが、本件のような多大な被害をともなう大規模な地すべりが発生したことは近年なかつたこと、したがつて、本件地すべり発生以前においてはもちろん理在においても、道路の設置、管理に際してはその付近において過去地すべりが発生したことがなく、またその兆候が現われていない場合には、とくにその発生の危険性につき地下の状況を調査し、またはこれを防止するための措置を講じていないこと、

がそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  本件道路設置の状況

〈証拠〉および弁論の全趣旨とを総合すると、本件道路を含む乙部町字豊浜と熊石町相沼内橋との間を海岸沿いに走る約2.8キロメートルの道路は、右区間を山沿に結ぶ屈曲、高低差の激しい約4.1キロメートルの旧国道に代わる国道として、昭和二五年より着工され、海沿いの山の斜面を切り開き、八箇所に隧道を設けて昭和二九年末頃開通されたものであること、被告は、本件道路設置に際して、その数十メートル山側を走る右旧道が少なくとも明治以来地すべりの被害をうけたことがなく、また近年本件道路付近に地すべりが起つたことがないことを確認し、また、その開設工事にあたつて、切り開いた山の壁面あるいは路面等に多量の出水や表土の地割れ、崩落等地すべりの発生が予測される兆候が認められなかつたので、とくに地すべりによる事故を防止するための措置を講ずることはしなかつたが、道路の安全を図るために道路山側部分に路面の水はけをよくするため皿側溝を設け、四号隊道入口付近に位置する熊石町と乙部町との境に沿つた通称がんかけ沢に接する道路下にその水を海側に流すコンクリート管を通し、また道路の波による浸蝕や土砂の流出を防ぐため、道路脇と海岸との間の崖に玉石積石垣(以下石垣という)を設けるなど、道路の保全安全の諸施設を設置した事実、

がそれぞれ認められる。本件地すべり地域付近に以前に地すべりがあつたと推定される旨の〈証拠〉はその地すべりの時期は前掲各証拠に照らすと少なくとも明治以前であると認められるから、右認定の妨げとなるものではなく、他に右認定を覆すにたりる証拠はない。

(四)  本件事故発生日までの本件道路の管理の状況

〈証拠〉および弁論の全趣旨とを総合すると、

本件道路の直接の管理者は北海道開発局函館開発建設部であり、その江差出張所(以下江差出張所という)を通してこれを管理していたこと、同出張所においては、所長がその管理業務を統括し、所長の下に一国道ごとに路線長が置かれ、その指揮監督をうけて道路工手が担当区間を毎日巡回して道路状況を調査し、砂利の掻込み、路肩整正、水切り等必要な道路の維持、補修の作業を行つていたこと、(なお、本件事故当時、所長は佐藤勝美、本件道路区間についての路線長は高橋通、担当工手は上戸鉄郎であつた)、また本件道路については右調査によつても後記落石や石垣の破壊があつた他本件地すべり発生の前日までの間格別の異常が生ずることもなく、地すべり発生の兆候はなかつた事実、

がそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、〈証拠〉および弁論の全趣旨とを総合すると、

本件道路設置において、以前に切り開いた山の斜面が風化するにつれて三号隧道寄りの道路上への落石や崩土が多くなり、とくに降雨期および融雪期には絶えず崩土が路面をおおうに至つたため、昭和三三、三四年の両年にわたり三号隧道出口から約二二〇メートルの区間の山側道路脇に、その上に高さ約九〇センチメートルの金属製の防護網を張つた高さ三メートル余のコンクリート擁壁(以下山留擁壁という)を設置し(なお、この山留擁壁にはその裏側に山側から流れる水がその地下にしみこむことを防止する排水装置が施された)、また、昭和三五年には台風による高波のため破損した石垣を補修するとともに、さらに石垣の上部に、あるいは独立して、波返しのための彎曲があるコンクリート擁壁(以下波返し擁壁という)を構築したこと、

がそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

(五)  結論

以上認定した事実に基づいて、被告に本件道路の設置ならびに本件地すべり発生前日までの管理に疵があつたか否か、また所長らの過失の有無を判断すると、本件地すべりは地下数十メートルの地層の変化に起因し、しかも本件道路付近においては、近年地すべりが発生したことはなく、また本件地すべり発生前日までの間表土の地割れ、移動等の異常はなく地すべりが発生する兆候も現われていなかつたことから、少なくともその発生前日までの段階においては、仮に多大な費用を投じて地下の状況を調査したとしても、その発生を予測することは不可能ないしはきわめて困難であつたものと認められるから、被告が本件地すべりの発生を予測し、その危害を防止するための措置を講じなかつたからといつて、本件道路の設置ないしは管理に瑕疵があつたということはできず、かえつて、被告は、本件道路設置後本件地すべり発生前日までの間石垣、コンクリート擁壁を設置する等通常予測される事故を防止するために最小限必要な措置を講じてきたものと認められるから、本件道路の設置、管理に瑕疵はなかつたというべきであり、また、直接の管理者である江差出張所長ら被告の職員に責められるべき過失の認め難いことはいうまでもない。

なお、原告らは、被告は地すべり防止法等に基づき本件地すべりの発生を予知し、それによる被害を防止するための措置を講ずる義務があつたと主張するけれども、右法律等はいずれも本件のようにその発生の予測が不可能ないしはきわめて困難な地すべりについてまでも、国においてその発生の可能性を徹底的に調査してそれによる被害防止の措置を講ずべきことを定めているものとは解されないから、右主張は理由がなく採用できない。

二、本件事故発生当日における管理の瑕疵等

(一)  本件道路の通常の状況

〈証拠〉を総合すると、

本件道路は前記のとおり海沿いの山を切り開いて開設された道路であつて本件事故発生時まで、その東側は山で、その西側は高さ数メートルの崖となつて海に続き、その長さは三号隧道道出口から四号燧道入口まで400.9メートル、その幅員は七ないし八メートル(ただし、有効幅員は5.5ないし6メートル)で、三号隧道出口からの測点(以下測点という)二〇〇メートル付近において海側にゆるやかに屈曲し、その間に山が突き出ているため、右両隧道寄りの間では互いに見通しが不可能な状況であつたこと、(なお前記一、(三)の最初の部分で判示した通称がんかけ沢は測点三一〇メートル付近で本件道路に接していた)、その路面は、玉石を敷きつめたもので、測点二六メートルから同303.8メートルの道路海側の崖には、前に判示した石垣(一、(三)の最初の部分で判示)および波返し擁壁(同一、(四)の終りの部分で判示)が、また三号隧道出口から測点二二〇メートルまでの道路に沿う山の壁面には前記一、(四)で判示した防護網つき山留擁壁が、それぞれ設置されていた事実、

等が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(二)  所長らが現場に到着するに至るまでの経過ならびに右到着前までにおける本件道路の状況

(1) 〈証拠〉を総合すると、事故前日に本件道路をその担当工手である上戸工手(上戸鉄郎)が見回つた際には本件道路に特段の異常は認められなかつたが、同工手が事故当日の午前八時二〇分頃その日の作業現場に赴く途中本件道路を通つてきた車の運転手から、浜のところが欠けている旨その異常を知らされて現場に急行したところ、波返し擁壁の四号隧道寄り約六〇メートルにわたる部分が海岸に倒れ、その区間の本件道路の路肩もその倒れた波返し擁壁の上に崩れ落ち、また、その付近の道路上に相当数の地割れがあり、さらに三号隧道出口付近の道路山側部分に直径約一メートルの石が一個、直径四〇ないし五〇センチメートルの石が三個(これらの石は前日上戸工手が見回つた時にはなかつた)と前よりは多少多めの土砂が落ちている等の事実を確認し、同日午前八時三〇分頃所長(江差出張所佐藤勝美)にその旨電話で報告したうえ、右作業現場に赴いた事実が認められ、〈反証排斥―略〉。

(2) また、〈証拠〉を総合すると、本件道路についての路線長である高橋通(同人のことを単に路線長と略称することは事実摘示で記載したとおり)は、右作業現場で上戸工手の報告をうけ、同日午前九時二〇分頃本件道路に急行し、おおむね上戸工手が目撃したとおりの事実を確認し、また路線長は、その調査中さらに、さきに崩れた約六〇メートルにわたる部分に続く三号隧道寄りの波返し擁壁が約二〇メートルにわたり倒壌するのを目撃したためその頃現場に乗合わせた浅野工手(浅野時好)に、通行車を監視して道路海側を通さずに山側を通すよう指示した事実がそれぞれ認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(三)  所長らの調査の経過およびその状況

〈証拠〉を総合すると、右所長らの調査の経過およびその状況はおよそ次のとおりであることが認められる。すなわち、

前記上戸工手の報告を受けた所長は直ちに機械主任尾山福一をともない江差出張所をジープで出発し、同日午前九時三〇分頃本件道路に到着し、測点一五〇メートル付近で下車し、路線長の先導のもとに測点二〇八メートル付近で道路下の海岸に降り、まず、海岸沿いに三号隧道付近まで歩きながら波返し擁壁等の異常を調査し、その状況を浅野、上戸両工手に計測させ、また尾山主任に写真をとらせるなどした。ところがその頃、豪雨が降つてきたこともあつて、所長は測点二〇八メートル付近で再び道路に上り、測点約一五〇ないし三〇〇メートルの地点を歩きながらその間の崩れた波返し擁壁、路面の地割れ、の状況を調査するとともに上戸、浅野両工手に主な異常状況を計測させたが、その他の路面、山留擁壁ならびに、山の状況については、大した異常はないものと判断して歩いた地点ないしは往復途中のジープの中から望見した程度で格別詳細な調査はせず、また路線長らに、それまでの道路の異常状況について報告を求めることもしなかつた。

以上の事実が認められ、〈反証排斥―略〉。

(四)  所長らの調査時における本件道路およびその付近の異常状態ないしは異常現象

後記各証拠によると右所長らによる調査当時本件道路およびその付近には次の(1)ないし(3)のような異常な状態ないしは現象(以下単に異常現象という)が生じていたことが認められる、すなわち、

(1) 波返し擁壁と石垣の異常 〈証拠〉を総合すると、測点一四〇メートル付近の波返し擁壁の上端から斜め下に長さ約四メートル、幅二センチメートルの亀裂(乙第一五号証添付の写真①)が、測点一八〇メートル付近の波返し擁壁と石垣と接する部分に長さ約二メートル、幅約二センチメートルの亀裂(同写真②)が、測点一九〇メートル付近の右同様部分に長さ約二メートル、幅約二センチメートルの亀裂とそれに連続して石垣の玉石が欠けたために生じた直径約二五センチメートルの穴(以上同写真③)が、測点二〇八メートル付近から測点三〇〇メートル付近まで九〇メートル余にわたつて波返し擁壁全部が崩れていて(なお、右倒壊した波返し擁壁のうち三号隧道寄り約二〇メートル部分は前記(二)の(2)で認定したように路線長が調査中その目前で倒壊したものである)、その上に多少の崩土があつて、右所長らの調査中にもその崩土がさらに崩れ落ちていた事実が認められ、〈反証排斥―略〉。

(2) 路面の地割れ

〈証拠〉を総合すると、右波返し擁壁の倒壊した区間にほぼ対応する海側路肩部分に約一〇〇メートルにわたつて、道路に沿つて連続した幅約二センチメートルの地割れがあり、地点約一五〇ないし二〇〇メートルの間に、道路の海側路肩部分から中央線付近にかけて横方向に相当数の長さ二メートル以内、幅数ミリメートルの地割れが生じていた事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(3) 路面への落石、崩土

〈証拠〉を総合すると、右所長らの調査終了の頃、測点約一〇ないし二〇メートルの道路上に、前記上戸工手が発見した落石、崩土(前記(二)の(1)で認定したもの)の他さらに少くとも直径三〇センチメートル以上の石数個が落ちており、路上への崩土の量も増えていたこと、しかも、右落石のうち直径約六〇センチメートルの石二、三個は所長らの調査中に落ちたものであり、その間路上への崩土も断続的に続いていた事実が認められ、〈反証排斥―略〉。

なお、〈証拠〉を総合すると、右所長らの調査当時、測点二〇メートル付近の山留擁壁の中間部に直径約一〇センチメートルの円形のひびが、また測点四〇メートル付近の同じ高さの箇所にも直径約一〇センチメートルの円形にコンクリートの穴とそこから斜めに長さ一メートル位のひびがあつたが、これらはいずれも相当以前から存在しているものであつたことが認められる。

以上認定したように、所長らの調査において、本件道路およびその付近に右(1)ないし(3)の異常現象が発生しており、しかもそれらは、右調査当時においてもなお継続して発生していたものであるが、このこととさきに(二)の(1)、(2)で認定した事実ならびに前記上戸工手の、当日朝最初に見た時よりも測点五〇メートル付近の波返し擁壁の上部の約三〇センチがいくらか海側に傾いていることを所長らの調査中に感じた旨の〈書証〉および証言とを併せ考えると、右(1)ないし(3)の異常現象は、前記上戸工手らが当日午前八時二〇分頃最初に調査したときよりも一段と進行していたものであることが認められる。

(五)  所長が行つた判断および措置

(1) 所長がした判断

〈証拠〉を総合すると、所長は、右調査を終えた結果、右の異常現象の原因について、当時本件地域には、そのような異常現象を生ぜしめるような風雨、波浪、異常乾燥の現象がなかつたばかりでなく、それらによつては右(1)ないし(3)のような異種の異常現象が同時に生ずることはないと考えられ、また現場の状況からしても、右異常現象が風雨、波浪、異常乾燥によるものでないことが明白であつたことと右(1)ないし(3)の状況が同人自身が以前経験した地震による道路路肩、石垣の崩れの状況と似ていたこと等から、その原因は地震であること、すなわち、異常のもつとも著しいのは波返しの擁壁の倒壊、亀裂であるが、波返し擁壁は裏側(道路側)からの衝撃に対して比較的弱い構造になつていたので、地震による衝撃が波返し擁壁の裏側に強く働いた結果、波返し擁壁が倒壊ないし亀裂するとともに、とくに波返し擁壁が倒壊した部分の道路の地盤が緩んで路面に地割れが生じたものであると考え、それらが地すべりによるものとは全く思い及ばず、今後は右のように緩んだ道路の海側部分が車両等の通行により崩れる危険のある他は、本件道路についての危険はすでに去つたものと判断したこと、また、〈証拠〉を総合すると、所長は右のように本件現場の異常現象が地震によるものと考えたが、同人自身は前日から当日にかけて地震を感じていなかつたため、その場にいた上戸工手らに地震の有無を尋ねたが、同人らより明確な返事を得られなかつたので、いつたん江差出張所に帰つて江差測候所など関係官庁に地震の有無を確かめようと考えたことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(2) 所長がとつた措置

〈証拠〉を総合すると、所長は右調査、判断の結果、路線長および上戸、浅野両工手を現場に残し、同人らに対し、路肩注意、落石注意の標識や路肩の崩壊を防ぐ応急作業を行うための資材を運ぶまでの間、本件道路のうち前記地盤の緩んだ区間については通行する車や人に注意を与えて山側を通らせ、また新たに異常が生じた場合には連絡するよう指示を与えたのみで、本件道路の付近の状況についての調査の続行や緊急事態に対する対策等について格別指示をしないで、同日午前一〇時一〇分頃前記尾山とともに現場を出立し、本件事故発生後である同一一時過ぎ頃江差出張所に到着し、直ちに本件にその報告をした事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(六)  右所長の判断および措置の当否

(1) 右所長の判断の当否

右所長ら調査当時の本件現場の状況からすると、所長がまず右異常の原因が地割によるものではないかと判断したことは一応相当であつたかの如く考えられないわけではない。

しかし、(イ)当時所長自身はもとより現場に居合わせた者の中に地震を感じた者はいなかつたのであり、また所長において地震発生についてなんらかの情報を得ていたわけではないこと、(ロ)所長調査時に倒れていた約一〇〇メートルにわたる波返し擁壁のうち約二〇メートル部分は右調査の直前に倒れ、また右調査中にも路面への落石、崩土が続く等右異常現象は、右調査当時なお継続して発生しており、しかも上戸工手らが最初に調査したときと比較して一段と進んだものであつた事実(前記(四)末段の判示参照)(もつとも所長には自己が調査見分した異常現象が当初よりも進行したものであつた点についての認識はなかつたものと思料されるが、所長としては路線長らから事情を聴取することによつて簡単にこれを知り得た筈である)、(ハ)また右異常現象は単に波返し擁壁の倒壊と右倒壊した区間の道路路肩の地割れだけではなく、波返し擁壁が倒壊していない区間の道路の海側部分にも中央線付近まで地割れや山側からの落石、崩土も含まれていたこと、(ニ)前記((五)冒頭の判示)のように現場の状況等から右の原因が、異常現象の通常の原因として考えられる風雨、波浪、異常乾燥によるものではないことが明らかであつたこと等からすると、とくに道路管理業務を総括し道路上の安全の確保のために万全を期すべき所長としては、右異常現象が地震以外の原因として予想される地すべりないしは山崩れによるものではないかと考えるべきが当然であつたし、またそれを確認するためにさらに本件道路路面全部ならびにその山側の状況について綿密な調査を行うべきであつたといわなければならない。そして後記(七)で認定するように右所長らによる調査後間もなく浅野工手が本件道路山側に長さ約一〇メートルに及ぶ地割れを発見した事実等に照らすと、当時所長が右調査を尽くした場合には、本件の如き大規模かつ急激な地すべりの発生を予測しえなかつたことは当然であるとしても、少なくとも道路交通に危険を来たす程度の地すべりないしは山崩れ発生の危険があり、しかもそれがかなりさし迫つたものであつて、道路の通行に危険が生ずることを充分に予見しえたものと認められる。

したがつて右異常現象が地震によるものであつて本件道路についての危険は去つた旨の前記所長の判断は、道路管理の統括者としては明らかに不充分な調査に基づく誤つた判断であつたというべく、また右誤つた判断が原因となつて調査不充分を来たし、両者が互いに因となり果となり、その結果、所長において地すべり発生の危険を予見しえなかつたという不幸な事態を招来したものといわなければならない。

なお、〈証拠〉によれば、本件現場に現われた前記異常現象だけでは未だ地すべりの兆候とみることができず、かつ本件地すべりのような急激なものは予見しえなかつたかの如くであるが、右各証拠は、いずれも右異常現象が生じた場合においても必ずしも本件のような急激な地すべりないしは山崩れが起るものではない趣旨のものであつて、それらが地すべりの兆候とはいえず、またそれによつて急激な地すべりないしは山崩れが全く予見しえないとの趣旨のものとは解されないばかりでなく、右各証拠は、右異常現象の原因として他に予想される原因が考えられなかつた点および右異常現象の進行状態の点について充分な考慮をしたうえでのものとは考えられないから、右認定を妨げるものではなく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(2) 右所長の措置の当否

前示のように当時本件道路に地すべりないしは山崩れ発生の危険が相当切迫しており、その通行に危険が生ずることが予測される状況にあつたところ、所長としては、当然これを予見すべきであつたのであるから、たとえ当時道路管理者として地域交通の重要性ならびに道路の公共性に対する配慮から直ちに本件道路につき通行禁止の措置をとるべきではなかつたとしても、事態の緊迫に備えて、自ら現場に留まつて相当数の職員に現場の状況を監視させ、右危険がさし迫つた場合には直ちに通行禁止をする等危害の発生を未然に防止する措置をとり、また自ら現場に留まらない場合には現場の職員の判断で直ちに右措置をとりうるような体制を整えて本件道路の管理にあたるべきであつたというべきである。

しかるに所長は、右予見をなしえなかつた結果、路線長他二名の工手を現場に残留させ、同人らに対し、一部の道路海側部分の警戒方を指示したのみで漫然とその場を立去つたものであつて、右措置が道路管理の方法として著しく適切を欠くものであつたこととは明らかである。

なお、所長において通行禁止等の措置をとらずに右程度の措置にとどめたのは、道路の交通確保の考慮によるものというより、主として所長がなした危険はすでに去つた旨の前示誤つた判断によるものと思料されるから、この点に関する被告の主張は採用し得ない。

(七)  所長の現場出立後本件事故発生までの経過

〈証拠〉を総合すると、所長が帰つた後、路線長、上戸、浅野両工手は三号隧道出口付近で一休みしたが、間もなく路線長は上戸工手にその場に残つて落石を警戒し、浅野工手に山の状況を調査するようそれぞれ指示し自らは四号隧道寄りの警戒にあたるために浅野工手とともにその場を出立し、浅野工手はがんかけ沢から山に登り本件道路から二、三〇メートル奥の沢伝いに長さ約一〇メートルの地割れがあることを発見し、四号隧道入口付近で通行車等が前記地盤の緩んだ道路海側部分を通行しないよう監視していた路線長にその旨を報告したので、路線長は右事実を確かめるため浅野工手に右監視方を託して自ら山に登り右地割れを確認した事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、〈証拠〉を総合すると、路線長と浅野工手が四号隧道方向に向つた一〇分ないし一五分後に、測点三〇メートル付近に直径約二メートルの大石が道路山側の中央寄りに、また直径三〇ないし四〇センチ位の石数個が道路中央まで落ち、少くとも大型自動車の通行は不能となり、さらに約五分後に直径二メートルの大石がほぼ同じ地点の道路海側に落ち、二輪車以外の車両の通行が全く不能となつた他、その他の落石も激しくなり、本件道路の通行が危険となつてきたため、上戸工手は前記のように四号隧道寄りで路線長と交代していた浅野工手にその旨連絡しようとしたが、三号隧道方向から来る通行車両等に備えてその場を離れることができずにいたところ、その後まもなく本件バスが四号隧道から本件道路に進入し、測点三〇〇メートル付近にいた浅野工手の脇を通過したが、同人は右落石個所の見透しがきかず、右危険状態が発生したことを知らず、これを制止しなかつたため、右バスはそのまま進行し、その運転手田畑政敏は測点二〇〇メートル付近に至つてはじめて右落石を発見して右バスを停止させるとともにさらにこれを後退させようとしたが、そのとき本件地すべりによる山崩れが始まり、右バスは崩土とともに海中に押し流されて埋没するに至つた事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

そして右事実によれば、所長が帰つた後本件道路の三号隧道寄りでは落石が激しくなり、またその四号隧道寄りでは山側のがんかけ沢に大亀裂のあることが発見されたのであるから、少なくとも本件道路に前記最初の直径約二メートルの大石が落石してきた時点において、本件道路の通行上の危険はさし迫つていたもので、直ちに本件道路全体につき通行禁止の措置を講ずるべきであつたというべきである。

しかるに、本件バスに対して本件道路の通行を禁止する措置がとられなかつたのは、所長において、相当数の部下職員に現場の状況を監視させ、また本件道路の通行上の危険発生の緊急事態が生じた場合には職員の判断で直ちに通行禁止の措置をとるべきことを指示するなどして危害の発生を未然に防止しうる体制をとらなかつたこと、換言すれば所長の前示措置の不完全に基づくものであることが明らかであり、したがつて、本件事故の発生は一面において右所長の措置の不完全に基因するものというべきである。

なお、四号隧道入口から本件バスの停止した地点までの交通に対するさし迫つた危険の有無について附言するが、既に認定してきた本件現場における異常現象発生の経過、態様とくに当時四号隧道寄りのがんかけ沢に前記亀裂が存在していた事実に照らすと、右区間においても地すべりないしは山崩れが発生する危険がさし迫つていたと認めるのが相当である。

(八)  結論(被告の責任)

以上認定した事実に基づいて、本件地すべり発生当日における被告の本件道路の管理に瑕疵があつたか否かを判断すると、以上特に前記(五)所長が行つた判断および措置、右所長の判断および措置の当否の項で詳細に判示したように、本件道路の管理業務を統括する者でその直接の管理責任であつた所長(江差出張所長佐藤勝美)は、事故当日の事故発生前に本件現場に赴いておりながら、調査不充分等のため状況判断を誤り、そのために、本件道路に地すべりないしは山崩れが発生してその通行に危険が生ずることが予測される状況にあつたにもかかわらず、これを予測することができず、その結果、その措置として、単に路線長他二名の工手を現場に残留させ同人らに対し、一部の道路海側部分の警戒方を指示したにとどまり、道路管理者として当然なすべき措置、すなわち、右危険発生の緊急事態に備えて、その場合には直ちにそれを探知して本件道路の通行を禁止する等の措置を講ずるなど危害の発生を未然に防止しうる体制をとらなかつたものであつて、その管理方法は著しく適切を欠いたものというべく、この点において、被告の本件道路の事故当日の管理に瑕疵があつたと判断せざるを得ない。

そして、右のように本件道路の事故当日の管理が極めて不適切であつたために、その後本件道路全体の通行にさし迫つた危険が生じたのにこれを防止するための措置をとることができず、そのため本件事故が発生したものであることは前記(七)で判示したとおりであつて、本件事故は被告の本件道路の管理の瑕疵に基づくものというべきであるから、被告職員の過失の点について判断するまでもなく、被告に本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務があることは明らかである。

第三原告らの慰藉料

原告らが本件事故により死亡した前記訴外人ら(本件事故の直接の被害者)の親族であり、右訴外人らの死亡当時の年齢と原告らとの続柄が別表記載のとおりであること、ならびに訴外印鑰清次郎が右被害者の一人印鑰ナツの夫であることはいずれも当事者間に争いがなく、右事実と原告菊地一郎本人尋問の結果とによれば、右訴外人らの死亡により原告らと右清次郎がいずれも甚大な精神的損害をうけた事実が認められるから、被告が同人らに支払うべき慰藉料の額は、同人らと右死亡者との身分関係その他諸般の事情を勘案すると、右清次郎につき金三〇万円、その余の原告らにつきいずれも別表記載の慰藉料額を下らないと認めるのを相当とする。そして右清次郎が昭和四三年五月五日死亡し、同人の子である前記印鑰清一ら七名の原告が同人の財産を均分に相続したことは、被告において明らかに争わないから、自白したものとみなされ、右事実によれば、右七名の原告は、それぞれ右清次郎の死亡により同人の慰藉料請求債権額の七分の一である金四万二、八五七円を取得し、自己固有の慰藉料請求債権額金一〇万円と合計すると現在金一四万二、八五七円の慰藉料請求権を有していることが明らかである。

したがつて被告は原告らに対して別表記載の慰藉料額(ただし、前記印鑰清一ら七名の原告については各金四万二、八五七円をそれぞれ付加した金額)の各金員および右各金員に対する損害発生後である昭和三八年一月一日から支払済までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務のあることが明らかである。

第四結び

よつて、被告に対し、その各支払を求める原告らの本訴請求はいずれも正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行免脱の宣言につき同法同条第三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。(家村繁治 竹田央 高野昭夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例